イロハニトイロ

【メンバーインタビュー④】絶賛課題に向き合い中!(40代 女性)

※イロハニトイロに通っているメンバーの声を届ける企画「メンバーインタビュー」です。通称「IMI(ロハニトイロの ンバーに ンタビュー)」ひと月に一人ずつスタッフがインタビューをしていきます!

・・・。

えーー、何を言ったらいいんですかね? 

子どもの頃からずっとしんどかったんです

漠然としんどいというか

学校に行けなくなったりしていました

初診は7歳ぐらいだったと思います

心療内科に連れていかれたんです

病院に行ってからはなんとか小学校には行けるようになったんですけど、中学校になったら週1で休むようになって

中2の時に先生が配慮して友達と同じクラスにしてくれて、その間は学校に行けました

やっぱり人間関係が原因やったのかな?

高校で新しい環境になると入学して1週間で学校に行けなくなりました

初めての電車通学、そして満員電車、受験のしんどさの疲れが残っているのか燃え尽きたような感じでした

そしてまた心療内科に行くようになりました

中学校の時の先生が声をかけてくれて、中学時代の友達のいる高校に入学し直したんです

先生が友達を用意してくれていて、その間は学校に行けていたんです

でも今度は秋ごろから行けなくなってしまったんです

その時は、人生終わったって思っていてどん底にいる感じがしてたんです

次の歳に通信制の高校に行くようになったんです

だから私、3つの高校行ってるんです

6年かけて

22歳で卒業しました

英語が好きだったんですけど、それがやりたくて大学に行きました

レベルが低いのが物足りなくて、試験を受けて一番レベルの高いクラスへ移らせてもらったりして、

めっちゃしんどかったんですけど英語が好きだったし、やり甲斐はすごく感じていたんです

海外の大学に行きたいとも思っていたし

なのにまた秋ごろからしんどくなって行けなくなってしまったんです

3番目の高校に行っている時にすごくしんどくて、もう死んだほうがいいのかなと思うようになって、

自分で色々調べて鬱(うつ)なのかなと思って病院に行くことにしました

そこの病院で、主治医よりも心理士さんと話をすることが多くて、初めて話を聞いてもらえた時は1時間大号泣していました

それからも行くたびに話を聞いてくれて、調子も安定していたんです

大学の英語を頑張れたのもそれがあったからです

でもある日主治医が変わって薬が増えたりリストカットをするようになりました

結局大学にも行けなくなりました

大学でしんどくなった時、人間関係が悪いわけでもないし、やり甲斐も持ってたし

確かに勉強は忙しかったし、無理してた?

って思うけど、今振り返って考えてみると「秋」になるといつもしんどくなってたなと思います

体質的なものなのかな?

そうかもしれません

そんなやり甲斐のあった大学をやめてから「自分は何もできない」と思って引きこもっていったんです

5年前の入院中にイロハに見学に来たことがあるんです

いいなとは思っていたけど、退院後もしんどい出来事が重なって寝込んだりしてて、イロハに行けるような状態ではなかったんです

親との関係が悪かったから退院後は一人暮らし始めたんですけどね、そんな状態だから生活が上手くできなくて、母親がご飯を持ってきてくれたりしていました

顔も見たくないと思うくらいな母親でしたけど、そんなのがきっかけで少しずつ話ができるようになったんです

それで実家に帰ることにしたんですけど、父親と会うのがしんどかったりして、日中どこかへ行きたいって思うようになって

その時に訪問看護のスタッフさんがイロハニトイロを勧めてくれたんです

3年前からイロハに通うようになって、最初は週1回から通ってて螺鈿細工を教えてもらっていました

何か変わったかというのは、自分の中ではまだ分からない感じがしています

でも、美術館で自分の作品を売らせてもらって、それが売れた時はとっても嬉しかったんです

自分の作ったものが誰かがお金出して買ってくれるっていう経験は初めてで、世間の人に認めてもらえたような気がしました

イロハに来るとしんどくなることがあって、今もモヤモヤすることがあります

でもそれをこうやってスタッフに話させてもらう中で少しずつ整理できて来ている気がします

自分なりには周囲の人に自分の気持ちを伝えていたつもりだったんですけど、みんな私の思うように伝わっていなかったことが分かりました

自分の事を全部説明するのは難しいし、言ったとしても分かってもらえるか分かりません

でもこの自分の気持ちを伝えるってことが自分の課題なんだって思えるようになってきています

だから自分の思っていることやどうして欲しいのかを言うように心がけています

そのお陰もあってか母親や弟には不満に思っていることを少しずつ言えるようになってきました

そんな小さな変化を感じているところです

弟が家に引きこもっていて、弟の事がいつも気になるんです

でもどうしてあげたらいいか分からなくて

でも何かしてあげたくて

でも傷つけるのが怖いから心配だけして何もできないんです

弟がどうして欲しいか言ってくれるわけでもないから

でも自分も同じことをイロハでしてるんじゃないかと思えてきたんです

ただイロハに来ているだけだと意味ないですね

こうやって自分の課題に向き合わないといけないんですよね

だから今はその挑戦の真っ最中です

イロハニトイロで言う「自立」って

“人に助けを求められるようになること”ってことだったでしょ?

それができるようになって、

親がどうのとか、弟がどうのとかじゃなく、

自分がどうしたいのかって“自分軸”で物事を考えられるようになって、

もっと自由に生きていけるようになったらいいなと思っています

そうやってちゃんと自立できるようになったら

パートナーみたいな人ができるといいなと思っています

まだ先かもしれませんが(照)

まだわかりません

でも流れに任そうって思っています

メッセージというほどでもないですけど、

ある精神科医の記事に“不安”について書かれていたんですけど、

「今日のことだけを考えて、今やることだけを考えて、そうやって毎日を送っていたら将来そんなに酷いことにはならないよ」

って

私は自分の病気や将来に対して不安があったから、

ある人が「病気になって死んでもいい!」って言っているのを聞いてとても安心したんです

それ言えるのって凄くないですか?!

そう思って生きられたらもっと気持ちがラクに生きられそうだなって思ったんです

現在、絶賛課題克服に挑戦中です!

本来の彼女はたくさんのできることや魅力を持っているんです

でも過去の事や未来の事、自分以外人の事という今の自分にどうにもできないことばかり気になってしんどくなって動けないだけ

そんなしんどさがあるからこそ自分の課題に向き合うのもためらっていたようです

だから、現実は変わらずずっと漠然とした苦しさと人間関係のしんどさが続いています

そんなことを彼女との対話の中で整理することができました

あとは行動あるのみ! もうその準備は整っています!

きっと彼女は本来のご自身の人生をご自身の力で取り戻すんだと思います

どんな人生になってもOKです

だから少しでもご自身の望むことをして欲しい

そう願っています

これでこのブログを締めくくるつもりでしたが、延長戦!

他のメンバーのインタビューブログを読んで、赤裸々に語っているのを見て、

「本当に話したいことを話したい」とご本人より要望がありました

せっかくなので、その内容をそのままに追加させていただきました

(延長戦)

本当は私、父とのことが自分の中で大きくあって、皆さんのインタビューブログ読んでいて、そのことを話したいって思ったんです

いいですか?

私の漠然としたしんどさの理由には父との関係が大きく影響していると思っているんです

父はとても感情的な人で、子どもに対しても感情的に当たってくるような人でした

「私は生きる価値がない人間なんだ」とずっと思って生きてきたんです

働けない人間には価値がない

社会に出ないとダメ

それができないのはダメ人間

そういう思考にさせられるようなことを父から言われ続けてきたんです

母に「自分が変わるしかない」と言われてもどうしたらいいのか分からないし、しんどいし、

助けてほしいけど誰も何もしてくれない

こんな状態だったから、「診断」が欲しかったんだと思います

父はすぐに機嫌が悪くなるので私はいつも機嫌取りのようなことをしてて、聞きたくない父の話を聞いていました

そうしていれば機嫌良くいてくれるから

母は帰りが遅いからそのことを知らなくて、せっかく私が父を怒らせないように機嫌を取っていたのに、帰ってきた母がいらんこと言って父を怒らせたりするんです

そして父が私に当たってきてて、ほんとそれがしんどかったんです

「どうにもなくなったら死んだらいいわ」って思うようになっていました

「死」は私にとって逃げ道だったんです

しんどくなると「死にたい」ってすぐ思うようになりました

ある日、祖母が亡くなって、その時に父に「出ていけ!」と言われてそれから話さなくなりました

でもその時にしんどかったのは、母に言われたことがとても辛くて、それも重なってとてもしんどくなったんです

それは何かというと、

私、その時2日間くらい母に付きまとってたんです

付きまとって今まで言えなかった溜め込んだ思いを母にぶつけていたんです

「なんで今まで助けてくれなかったの?!」って

そうしたら母から「あきらめていた」という言葉が出てきて、それがとってもショックだったんです

祖母の死、父の「出ていけ!」の言葉、母に「あきらめていた」と言われたこと、

それらが重なって一気にしんどくなって精神病院に入院することとなりました

それが6年前の話です

落ち着いてから母の「あきらめていた」の言葉がどういう意味だったのか聞いてみたら、弟のことだったんです

私に対してのことじゃなかったらしいんです

それでも腹が立ったんです

それが自分の子どもに対して言うことか!ってとっても腹が立ったんです

そうやって母のことも避けるようになっていきました

でもそれがいろんな人に話を聞いてもらえるきっかけにもなりました

その期間もずっと「死にたい」という気持ちは持っていました

仏壇に「助けてください」って神頼みしていました

そしてその時に信頼するフィジカルトレーニングの先生にも「死にたい」気持ちについて話したんです

きっとわかってくれると思って

でも、思った答えじゃなくて、すごくキツイこと言われたんです

内容は忘れたんですけど、とにかくその内容が私にとっては凄くキツかったんです

トレーニングの先生には「考えてみてください」って言われて

それから不思議と「死にたい」がなくなったんです

生きる覚悟ができたというか

生きる方向に切り替わったんですけど

そうしたら今度は「不安」が生まれるようになったんです

きっとですね「死にたい」があるから生きられていたんだと思うんです

不安も無かったんだと思うんです

だってどうしようもなくなったら死ねばいいと思っていたから

そうやって「死」が逃げ道としていつもあったから、生きられていたって感じです

でもそれが生きる覚悟をしたとたんにいろんな不安が生まれてくるんです

生きるって苦しいでしょ?

まだ起こっていない未来のことや、他人のこと

もう不安や心配だらけでそのことばかり考えて何もできなくなるんです

毎年、年末年始になると父が家にいるからとても憂鬱だったんです

家から離れて、つまり父から離れて過ごしたかったけど不安やしんどさがあって実行できなかったんです

でもですね、今年思い切ってやってみたんです!

ホテルを予約して家を出て一人で過ごしてみることができたんです

そうしたら思っていた不安なことは起こらなくて

これが経験できたから、これからはいつでもできると思えて、気持ちが楽になったんです

すごくこの経験が自信になりました

行動したら「なんだこんなもんか」って分かって

もうやっていくしかない、行動していくしかないんやなって思うようになってきました

これまでの苦しかった時間もそして今の苦しい時間もきっと自分が生きやすくなる過程で大事な時間だったんだと思えています

いつかそんな日が来ると信じています

このブログをまとめている最中にも彼女の周りでは様々なことが起こり、彼女自身も周囲との関係も変化していっています

人の変化なんてそんなもんです

自分が行動しないと変わりません

でもそのためにはきっかけが必要です

そのきっかけはいつどのような形で現れるかは誰にも分からないんです

この方は、今その真っ最中なんだと思います

そんな姿を近くで見させていただいて本当にありがたいです