イロハニトイロ

vol.9 偏見を無くそうとする偏見?

これも半年以上前の話になります。


大津市各地で催されている、様々なマルシェに出店し始めた頃の話です。


お客さんは完全な一般のお客さんです。

精神障害のことも、就労支援のことも全く知らない方たちです。

いやむしろ、精神障害に対する強い偏見を持っている方も多いのかもしれません。

そんな方たちに向けて、出店舗の宣伝をマルシェの運営側に伝える文言を考えていた時のことです。



僕は、ずっと精神障害の方と関わる仕事をしてきて、
社会にある精神障害に対する偏見が少しでも無くなればいいなと考えていました。

精神障害を持っていたって、みんなと変わらないんだよ。
精神障害を持っていたってこんな素敵な螺鈿細工を作れるんだよ。
精神障害に対する歪んだ見方を無くして欲しい。

そんな風に日々思っていたのでした。


これ読んでいて、ちょっとイラッとしませんでしたか?
そんな方は以下を読み進めてください。
きっと、共感してもらえると思います。


金村の考えの大転換が待っていますから笑




それまでの僕は、こんな考えを強く持っていました。
そして後輩たちにも、その考えを伝え、教育してきてもいました。

それは、こんなのです


「偏見なんて、誰でも持つものでしょう?
だって相手のこと知らないんだもん。知らない人に偏見を持ってしまうなんて当然。
偏見を持たないようにしよう、ってこと自体が幻想だと思う。
やっぱりどこかで偏見を持ってしまう自分がいる。
それじゃあ、偏見を持たないようにすることを努力するんじゃなくて、偏見を持ってしまう自分を認めて、行動の方を変えていこうよ。
偏見に影響されない行動をとっていこう。」

という考えです。


今これを読んでくださっている中には、「うん、うん。納得」と思った方もいらっしゃるかもしれませんね。

当時は自分でもすごく落ち着く考えだったんです。



話を戻します。



そんな考えを持っていた僕がマルシェに出店する際に考えたこと、したこととは..


「精神障害者が作ったもの」
とか
「障害者の支援施設」
だとか
そんなことを主張する必要はないんじゃない?!


「これは一生懸命作った螺鈿細工です」

それだけでいい!

商品を見て、欲しければ買い、欲しくなければ買わない、
それだけでいいんじゃないのか?


そんな風に考えていました。



でもここで、イロハニトイロのメンバーや螺鈿の先生から、そして他のスタッフからも
思いもよらない逆の意見が出てきたのです。


精神障害者が作ったということを出してもいいのではないか?

そんな隠す必要はないのではないか?



その意見の真意は、


精神障害を持っていてもこれだけのことができる、と誰か(同じように障害を持った人など)の励みになるのかもしれない。

そんな施設があるんだと知ってくれて仲間が増えるかもしれない。

精神障害の施設であることを隠している感じがして、それが負い目であるかのように感じてしまう。

別に恥ずかしいことをしているわけじゃないから堂々としていていい。


というものでした。


しかし
僕を含め全員に共通していたことは、
「障害を持った弱者が一生懸命作ったものだから、ぜひ理解して買ってください」
という“お涙頂戴”のようなことにはなりたいくない、というものでした。



僕は悩みました。
どっちがいいんだろう?

精神障害をアピールするのか? しないのか?



うーーーーーーーーん。。。。





あれ?




なんかおかしくない?



突然僕の中で、ある気付きが生まれたんです!!!!




なんでこんなに、ここにこだわっているの?!



なんで二択なの?!




あれ?
それって僕の中で、精神障害者に対する大きな偏見があるからじゃないのか?!



このメンバー達を守ろうとする行為には、

この方たちを見下す自分がいるのではないか?



だから僕はこんなにこだわっているのではないか?と思ったのです。



そしてそこからは怒涛の思考の変革が生まれました。




偏見?


誰でも持つものだよ、って自分で言ってたじゃん!
なら無くそうとしなくていいじゃん!

何矛盾したことしてんの?!


そうか!!
無くそうとするから、無くならないんだ!きっと!


だって無くそうとする行為の裏側には強い偏見があるんだから!!!



「あの人精神障害者なのよ」って聞かされるとそういう目で見てしまう。
「あの人犯罪歴あるのよ」って言われたら、そういう目で、
「あの人ウソつきなのよ」と言われたら、そういう目で、

一瞬かもしれないけどやっぱり見てしまう。

きっとそれが偏見というものの始まりなのだろう?

相手を知らないことから始まる。
偏った思い込み。

だったら、知らない人みんなに僕は偏見を持っている。


でも不思議。

精神障害者だと知らずに付き合っていて
「実はね、、、」
なんて打ち明けられると、あまり抵抗がないんです。
むしろ「そんなことができて素敵だね」って、より良く思ってしまうことだってあるんです。

今付き合っているイロハのメンバーの方たちとも
「この人は精神障害者だから」を意識せずお付き合いしている自分がいるわけです。

付き合いの中でそんなことは関係なくなって、一人の人間通しで付き合っている感覚が自然と生まれるんです。


ああ、そうか!!!


偏見なんてこんなことでなくなっちゃうんだ!!


こんな簡単なことだったんだ!!!



偏見に左右されないでおこう

とか

偏見を無くそう

としている自分が一番偏見を持ち、偏見を作っていたことに気付かされたんです。



精神障害者だから、とか
障害者の支援施設だから、とかそんなこと主張する必要も無いし、隠す必要だって無い。

きっとありのままでいればいいだけなんだと、メンバーとの対話を通じて気付かされたんです。


訊かれたら答える。

それでいい。

そんな簡単なこと。


ありのままでいることは、肯定も否定もされるということ。
きっとそれを受け入れる覚悟をすることなんだと学びました。



友人がよく言っていた
「30(歳)、40(歳)、ハナタレ小僧!」
という言葉を思い出しました。


これからもハナタレ小僧を自覚して、日々学び続けたいと思います。