イロハニトイロ

vol.51-⑮ 何度ダッテ いつダッテ 選び直せるんダッテ(解説①)

標語②「以心伝心 まぼろし~」のところでお話しましたが、

この世界に住んでいる人間はみんな違うわけですよね

でも私が見ている世界は私の主観の世界です

(実は他人とは違う世界が見えています。全て自分の主観が捉えた世界なんです)

どれだけ相手の立場を想像しようと、この主観的な世界から抜けられません

同じ場所を他の人と過ごしていても

見えているもの、感じ方は実はみんな違うんです

実は💦

そんなこと考えもしなかった、なんて方もいるかもしれませんね

(金村は、みんな同じ世界が見えていると思い込んでいました💦)

実際、同じ映画観ていても感想が全く違ったりするでしょ(笑)

そうするとですね、こんなことが起こってしまいます

相手の為に良かれと思ってしたことが、相手を傷つけてしまった💦

(例:気遣って他の人の作業の片づけをしてあげたのに、「あなたはいつもちゃんとできていない」と言っているように受け取られて相手が落ち込んでしまった)

そんなつもりじゃなかったのに、違ったように受け取られてしまった💦

(例:同性の人(女性)に喜んで欲しくて「○○さんはお尻がステキだね」と言ったのに、セクシャルなことを言われたことに激怒された。「もっと女性らしくしなければならない」と言われたような気がするとのこと)

あるいは、

自分への嫌がらせだと思っていたら、実はそうではなかったと後になって分かった

(例:私の準備が整う前に仕事を始められていたが、その人がせっかちだというだけだった。あるいは少しでも私の仕事をしやすくするために先に始めてくれていた、と後で知った)

とか

緊張して焦ってしまって、言いたいこととは逆のことを言ってしまった

(例:作業が上手くいかなくて焦ってしまい、「こんな仕事なんかもうしたくない!」と言ってしまった。本当はもっと上手くなりたいし、この仕事がしたかったのに)

とかとか

こんな風に、みんな違っているからこそ

小さな理解の相違から

大きな理解の相違まで

いろんなすれ違いが生まれてしまいます

完全に相手の事を理解しながら生きられている人はこの世界に一人もいませんから💦

そして自分自身の人生に目を向けてみると、

子どもの頃から数々の選択を繰り返しながら現在に至っています

母親に叱られたとき、

「反抗する」を選んだのか

「我慢する」を選んだのか

「逃げる」を選んだのか

学校で嫌なことがあった時

「努力して克服する」を選んだのか

「助けを求める」を選んだのか

「泣いて何もしない」を選んだのか

「不登校」を選んだのか

成人を迎える時、

「就職する」を選んだのか

「学生で居続ける」を選んだのか

「引きこもる」を選んだのか

もうやめておきましょう💦

私たちは、数々の選択を自分の意志で選びながら現在に至っています

でも多くの人がこのように考えます

「選んだんじゃなくて選ばされたんだ」

「それを選ぶしかなかったんだ」

「仕方なくそれを選んだんだ」

「だから私はこんなに不幸で苦しいんだ」

うんうん、そう信じていますよね

でも

これやめられます!!!(衝撃の事実ですが!)

次回詳しく説明させていただきます

     イロハニトイロ
        金村栄治