vol.49-55 支援者が障害を作っている?!

病気を望む(3)
僕は時折、利用者さんに
「病気であることでどんな得をしているか考えてみてください」
と投げかけることがあります
病気が人生の邪魔をしている
と信じ込んでいるんだけど
もしかすると病気があることで救われていることがあるんじゃないでしょうか?
そんな視点を少しでも持ってもらいたいんです
(もちろんそれは私自身がそうだったから、気付いて欲しいという願いが込められています)
池の中に石ころを投げて波紋を作る感じでしょうか
その波紋は、水面を波立たせます
つまり心が乱れるということです
病気に救われているなんて決して認めたくない
病気がなければみんなみたいに上手くいくはずなんだから
そう思いたい
絵本で「わたしもびょうきになりたいな」というのがあります

病気になることの良さがとてもよく表現されています
さて改めて
病気があることで私たちはどんないいことがあるのか?
ちょっと考えてみたいと思います
こういった得はないでしょうか?
「病気なんだから仕方ない」
と現状がうまくいかないことの理由付けができる
「この病気さえなければきっと自分だって上手くやれるんだ」
という可能性の中で生きることができます
だから芯から傷付かないくていい
自分がどん底を感じなくていいように助けてくれているんです
他にはこういったこともあるかと思います
「病気なんだから許してよ」
って
病気があることで責任を取ることを回避できたりします
また努力することからも解放されます
他には
「病気なんだから優しくして」
ということもあるでしょう
病気になると周囲から優しくしてもらえます
子どもの時に、ケガや病気になると親や友達が優しくしてくれましたよね?
私たちは身を持って学んでいるんですね
また他には
「かわいそうな私を見て」
と周囲の注目を集めることもできます
やはり自分の存在を無視されることほど辛いことはありませんから
無視されるくらいなら、憐(あわれ)みの視線でもいいから私に関心を向けて欲しい
弱っている時はそう思ってしまうものです💦
そして
病気であることで人より上に立てるんです
健康なあなたにはこの苦しみは分からない
この苦しみは私にしか分からないの
そんな特別な優越感を得ることができるわけです
不幸自慢ってしたことないですか?
そんな感じです💦
実はですね
こうやって病気になって弱くいると周囲を支配できるんです
このかけがえのない私を丁重に扱ってくれるようになります
赤ちゃんなんか、親がいないとすぐに死んでしまうくらいに弱い存在です
だから周囲の大人たちはそんな弱い子どもに支配されてあれこれと世話を焼いていますよね
これって弱い赤ちゃんに支配されています
弱さには実は相手を動かす強さや権力があったりするんです
こんな風にして病気は私たちを守ってくれています
でもでも、一方で大きな苦しさも生んでいますよね
本当にしたいことができない
理想の自分から遠ざかって苦しい
自分の人生を生きていないような気分になる
こんな自分を責めて苦しくなる
身体的痛みや不快感がある
病気は、私をたくさん助けてくれている一方でその代償も払っています
それではここから抜け出すのはどうすればいいのか
誰がしてくれるのか
薬で?
医者が治してくれる?
支援者が治してくれる?
いえいえ
薬も医者も支援者も手助けをするだけしかできません
病気を治すには自分で変わるしかないのです
そして「治す」というよりも「手放す」という表現が適切かもしれません
つまり
病気を必要としない生き方に自分を変えるということです
病気さんの力を借りなくても大丈夫になれれば、心の病気はなくなります
そのために私たち支援者は
「あなたのお陰で自立できました」と言わせない支援
をする
自分の力でこの人生を再構築し、幸福になれたんだ
と実感してもらう
そんな支援をイロハニトイロでは目指しています
つまり
「支援しないという支援」
です
それについて次回からお話させていただいて
このシリーズを閉じたいと思います
最後までお読みいただきありがとうございました
イロハニトイロ所長
金村栄治