イロハニトイロ

vol.49-⑬ 支援者が障害を作っている!?

正しい支援で虐待する

前回の続きです。

親の虐待と支援での虐待は別の話。

確かにそうですよね。

僕も別のお話だと思います。

今僕がお話していることは、虐待をしてしまう人が本当に「悪い人」なのかということです。

本当は、とても優しくて真面目で一生懸命な人だったりするのではないか。

そして、本来そういう愛ある方々なのに虐待するにまで変わってしまうのは、

支援をするための「環境」が原因なのではないか、ということなんです。

あるいは、

その人自身の真面目さや「こうあるべき」が、自分の心を苦しめ、それが虐待にまで発展してしまっているのではないか、

ということです。

だからその人の行為だけを咎めても、実は解決しない。

さまざまなルール罰則で縛ってもより虐待は増えるだけ。

むしろ以前よりもより分かりづらい形になっていくだけなのではないか、と僕は思うのです。

それが「子育て中の虐待」「支援現場での虐待」が本質的に共通しているところなんではないかと思うんですよね。

そして、それを証明するのが以前にも書いた、僕の訪問看護での経験です。

「利用者さんのために頑張る」

「利用者さんの生活を少しでも良くしたい」

「利用者さんを助けてあげたい」

「利用者さんの役に立ちたい」

「利用者さんの良き理解者でいたい」

僕は、そう思って関わっていたはずです。

なのに、どんどん利用者さんの精神状態も生活状況も悪化させ、

挙句には、利用者さんにキツイ言葉を吐いてこちらから訪問を中断し、

その利用者さんを悪者に仕立て上げていくわけです。

ほら、これって何なんでしょうか?

これって本質的な部分は、相手と自分の立場の違いを利用し、暴力や言葉で相手を傷つけるような虐待と同じなのではないでしょうか。

「“怒り”も抑えつけて関われるのがプロであり、仕事なんだ。」

と言っている人に僕は強く問いたい思いがあります。

口調は丁寧

正しいことを言うし、正しい支援を提供する

本人の意思もしっかりと確認している

支援者が非になるようなことは一切していない

もしこれで相手が苦しんでいたら?

相手が良くなるどころか悪くなっていっていたら?

その人の問題? 

その人が悪い?

僕が大喧嘩をした利用者さんがおっしゃっていましたよね。

「その正しさが苦しい」

「その優しさが苦しい」

「その一生懸命さが苦しい」

って。

いつも支援者は、

正しいことをしている。

言葉遣いも丁寧。

虐待なんてしていません。

悪く受け取るのは相手(利用者さん)の問題です。

変わろうとしない、動こうとしないのは相手(利用者さん)の問題です。

なぜなら私たちはプロなんですから。

健常者なんですから。

いつもおかしなことばかりいうあなたが間違っています。

だからあなたは障害者なんです。

となっていないでしょうか?

恥ずかしながら、この僕はなっていました。

「あなたの為に一生懸命(自己犠牲的に)頑張る」という姿勢のその裏で、

こういった気持ちを持っていました。 

認めたくないけど…。

「こんな大変な人たちに、頑張って支援している僕って凄い!」って頭のどこかで思っていました。

自分で問題(障害)を作り出していることに気付きもせずに。

今回のテーマである「支援者が障害を作る」

このことに切り込んでいく内容になります。

実は私たち支援者が障害を作っており、

「正しいことをしている」

「あなたの為にしている」

「あなたのことを想っている」

という一見するとあたたかな“愛”のような思いが、このことを見えなくしているようです。

支援者が問題を作り上げ、その問題をどうにかしようと一生懸命になっている。

その中で苦しんでいる当事者の方々。

これこそ本当に悪質な虐待なのではないか。

そのようにさえ今の僕は思ってしまうのです。

そしてそのことに気付きもせず、

正義を振りかざし、一方的な支援をしてきた過去の自分に対する戒めの気持ちがあるんです。

次回より、その具体的な内容を書いていきたいと思います。

支援をされている方や親にとってはキツイ内容かとは思いますが、ぜひ読んでいただきたいと思います。

       イロハニトイロ所長

            金村栄治

マイスター・エックハルトの言葉 (中世ドイツのキリスト教神学者)   

『もし自分自身を愛するならば、すべての人間を自分と同じように愛している。

他人を自分自身よりも愛さないならば、ほんとうの意味で自分自身を愛することはできない。

自分を含め、あらゆる人を等しく愛するならば、彼らを一人の人として愛しているのであり、その人は神であると同時に人間である。

したがって、自分を愛し、同時に他の全ての人を等しく愛する人は、偉大で、正しい。』