イロハニトイロ

vol.44‐②【対話】支援者が障害者を作っている?

こんにちは。

前回の続きになります。

いきなりですが、僕は「作業療法士」です。

しかし、僕は自分が作業療法士だと思っていません。

いや、思わないようにしています。

どうしてかというと、相手(精神障害当事者やその家族)を良くしようとする姿勢がその人を苦しめてきたからです。

そんな僕の姿勢が、相手を不幸な人、弱い人、障害のある人に仕立て上げていってしまっていたことに気付けたからです。

私たち、医療や福祉に従事する人間は、「人を助けたい」という優しい心と「この人を良くしたい」という使命感と責任を持っています。(のように見えます。ですが実際は…)

そして、たくさん勉強をし国家資格を手に入れます。

(凄いことです)

専門の知識を持っている私は正しい。

この知識を武器に(時には盾にして)障害のある困っている人を助け上げる。

そんな風に思っています。

そんな自分の支援者としての姿勢を疑うこともありません。

だって間違いなく正しいことをしていると思い込んでいるからです。

上手くいかないのであれば、もっと勉強をして知識を付けたり、先輩に助言をもらったりしてより良い支援ができることを模索し続けます。

なんて素晴らしい事でしょう!

対人支援を仕事にしている方々はとっても素晴らしく見えます。

前回の話に戻りますが、

なのに精神障害者は増え続けています。

(ここは精神障害と限定させて話させてください。他のことはあまり詳しくないので。)


なぜなんでしょうか?

薬も良くなっている。

社会のシステム(様々な資源が充実)も良くなっている。

支援者も増えてきた。

様々な療法が生み出されている。

なのになぜなんでしょうか?

早期に診断されやすくなったから?

メンタルクリニックが増えて受診の敷居が低くなったから?

ほんとに?



もしも
実はここに障害者を生み出す原因があったとしたら?

いや、それが“もしも”じゃなく“本当”だったら?

支援者が正しいと思っていること、相手のためだと思っていること、とっても努力して頑張っていること。

実は、その行為や考えが目の前に障害者を創り出していたとしたら?

こんな恐ろしいことはありません。

僕はこう考えています。

医者が病気をつくっている。

支援者が障害をつくっている。

社会が差別をつくっている。

そして

私が私を作っている。

「私が私を作る」の説明がこのシリーズの最後の結論になると思います。

そしてそのための重要なキーワードが「対話」ということです。

少しずつその説明を今後させていただければと思っています。

どうぞお付き合いください。




               イロハニトイロ所長

                    金村栄治