イロハニトイロ

vol.36-⑤ 意見が同じって苦しい?

こんにちは。

イロハニトイロのポンコツ所長、金村です。

ポンコツ?

そうなんです。ポンコツなんです。

だからみんなに迷惑かけてばかり。

助けてもらってばかり。

許してもらってばかり。

だから日々感謝感謝です。

こうやってポンコツな部分を出し、お互い迷惑を掛け合いながら働ける職場って、虐待やイジメってないんじゃない?

というのが前回のお話しでした。

今回もその続きで、金村が考える虐待が起こりやすい環境についての❺をお話しさせていただきます。

❺ みんなが同じ意見になろうとする環境。

職員間で意見を一致させる事って大切だと思いますか?

僕は大切だと教わってきたし疑いようもなくそうだと思っていた人間です。

意見を一致させておくから、より連携が取れやすいし、患者さん(利用者さん)により良いサービス(支援)が提供できると思っていたんです。

今思うと、それが苦しかったなぁ。

今の僕は、そんな苦しい環境が虐待を生む原因になっているんじゃないかって考えてしまうんです。

だって「意見を一致させる」って、自分の考えを押し殺して相手に合わせることですもん。

人と違う意見を言いにくい、

おかしな意見だったら恥ずかしい、

異質な考えを言うと批判されるかも、軽蔑されるかも、排除されるかもって恐怖感があります。

これって僕だけ?

そして、先輩後輩や役職など力関係を感じるような職場だと、それが顕著になります。

本当は目の前の先輩の行動ややり方が間違っている、おかしいと思っていても、

経験のある先輩が言っているから正しい。

あるいは、ここでやっていくためには先輩に従わなければ。

口答えしたら、関係が悪くなって仕事がしにくくなる。

もし、それで何か起こっても先輩がやったことだし私に責任はない。

それに合わせておけば一人じゃないし。

そんな考えが生まれてきます。

え?これも僕だけ?

だから目の前のおかしなことにも意見ができないし、

変えることもしないし、

「みんながしているから」

「昔からそうしているから」

と言い訳を準備して何もしなくなると思うんです。

こういうのって、同調性の強い日本人には多いような気がするんですよね。

毎回言っていますが、これも逆だと思うんです。

個々の人間が違う以上、大前提として「意見は違うもの」だと理解しておく必要があると僕は思うんですよね。

「同じ意見である方が実は異様な事なんだ」と思うんです。

「いやいや、同じ意見てことあるよ」という声も聞こえてきそうですが、

表面上の言葉は同じ意見に聞こえても、よくよく話を聞いてみると、その背景の考えや目的、詳細は違っている事が多いです。

というか僕は「全く同じ意見」という人に出会ったことはありません。

だからこそ、職場全体がもっと「多声的」であるべきだと思うんです。

正反対の意見が出て来てこそ健康的な対話が生まれます。

そして、そんな「正反対の意見も言ってもいいんだ」という安心感がスタッフの中に生まれることが大切だと僕は強く思うんです。

だからこそ、管理者がもっともっとみんなから批判されるような意見を言うことが大切だと思うんですよね。

あるいは、管理者があえて違うこと言うし、間違ったこと言うし、

自分とは違う意見が出た時に興味を持って聴き、

その意見を心から認めることが大切だと思うんです。

実は、こんな当たり前の事を知ったのはつい最近の話です。

その話はまたいつか詳しく「所長の学び」として話させてください。

今日も長くなったので、この辺で終わりにします。

僕が目指してるゴールの8分目くらいまで来ました。

もうしばらく、この話にお付き合いください。

                 イロハニトイロ所長

                      金村栄治