イロハニトイロ

新聞記事掲載の本当の理由

読売新聞 「はつらつタウン」掲載記事

令和1年11月15日(金) の読売新聞「はつらつタウン」のコーナーにイロハニトイロに通われている利用者のおひとり、佐々木さんが掲載されました。

とってもありがたいことです。我々の日々行っていることに目を向けていただける機会があることがうれしいです。

ですが、今回この取材を受けていただいた佐々木さんには、取材を受けた本当の理由がありました。

その理由も取材の時にされたようなのですが、スペースの都合もあり掲載されませんでした(そりゃそうだよねと、僕らも佐々木さんも納得はしているのですが)。

でもやっぱり、取材を受けた理由を文字としてあらわして伝えておきたいと…

スタッフの猪飼も、佐々木さん自身も同じ思いであったため、あらためて新聞記事とともに残したいと思い記事にしました。

(もちろん本記事は、佐々木さんの了承を受けて投稿しています)

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その前に佐々木さん自身の統合失調症になってから、事業所までの出会いを…

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30代前半から幻聴が聞こえ出し、幻覚が見えたり

妄想が始まった

理由もわからず起き上がれない状態になった

それが月に一回から、半月起き上がれない頻度になり、仕事は続けられなくなる

脱力感、倦怠感、やる気がおこらない

今まで何の苦もなく行えていたことができなくなる、意識しなくてもできていた普通の状態が保てない

そんな今の状態から逃げるようにお酒を飲んで気を失う感じで眠っていた

体のどこにも主だった異常はなく、精神科にいくと統合失調症だと…

最初の精神科医が高圧的で耐えられなかったので、違う医院に通ったりもした

その頃には寝たきりに近い状態になり、母親の介護を頼るようになった

生活保護を受けながら、母親の介護に頼りながら暮らしていた

そこから、三年間ほどは、ほとんど家からも出ず、カーテンも閉め切ったままの暮らしをしていた

30代は仕事も遊びも一番楽しい時期だと思っていたが…

外に出るのが恥ずかしい(仕事してないから)

昼から公園に座っていたりしたら、いい歳になって何をしてるんだ?と思われるのでないか?

一般の人とかはもちろん仕事をしている  

そんな事を感じると余計外に出ることができなくなった

なんとかならないかと、考え続けるがなんともならない

郵便局のバイトの面接に行ったこともあり合格したが

2週間もたなかった(週5日、5〜6時間程度の仕事)

仕事が終わってから脱力感がでて、起き上がれなくなった

そうなってから もう仕事は出来ないんだなと  絶望感があった

親や兄弟に迷惑や心配をかけるのが嫌で、自分の人生にあきらめを感じていた

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ここからはイロハニトイロに通所を始める部分です。

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人生で絶望をしているときに兄から、イロハニトイロの話があった

丁度 設立時の説明会があるので参加してみてはどうかと

だが郵便局の仕事ももたず、自信がなかったので拒否していた

(毎日いけないかも、週5日もたないんじゃないか)

だが母親の付き添いや兄の勧めもあり、説明会に参加し螺鈿細工に出会った

通所の仕方も、自由で

週何日でもいい、何時に帰ってもいい

自分のペースでよいということがわかり

試してみたら、通えたので定期的に通い出した

通い出してからも特に通い方にルールなどもなく

自分で何日通うのか、何時間いるのか

それも自分で決める

そこが自分にあっていた

自分にゆとりを持ちながら決めて

自分で通う

想像力も湧いてきて、楽しく過ごせるようになった

それまでは、なぜ自分が病気になるんだ!!

なんで俺だけ!!

と思っていたが、この場所に出会って自分のやりたい事に出会い

自分で決める人生を実践すると、「病気になってよかった」とも思えるようになった。

病気になったことさえも、開き直れて、楽しめるようになった。

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ここからは佐々木さんが今回この記事を書くにあたっての思いです

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僕は「ぜひ今病気でくるしんでいたり、絶望感をもって家の中で苦しんでいる人に、イロハニトイロだけではなく、こんな場所があるんだ。」

と知って欲しいというのが一番あったので、今回の新聞社の取材にも応じることにしました。

家に閉じこもっている状態では、就労支援事業所という存在もしりませんでした

そこで、僕の伝えたかったことの一部がスペースの都合もあり載せられていなかったので

こうしてSNSやホームページで名前も写真も載せてもらいながら伝えてみたかったんです。

社会っていう枠から外れて

そこになんとかして入らなきゃならないっていう思い込みが自分を辛くさせていた

でもここに来て、その枠から外れてもいいんだ

とわかったので、今はすごく楽に生きる事が出来ています

自分のことは自分で決めて、嫌われても社会の枠に無理やり入らなくても、生きていけるという選択肢があるという事を知って欲しい

今の自分は小学校の時のような、子供時代にかえったたような、今日を毎日楽しむことが出来るようになっています

苦しんだ時もありますが今はこんな風に思えていることを知ってほしいんです

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以上が佐々木さん本人へのインタビューとなります。

少しでも多くの【今】を精神的な病気や障害に苦しんでいる方々に届くといいうなと思います。

そして、今回こういった新聞記事の取材や、HPやSNSでの掲載に関して、自分自身の苦しんだ過去や、現在までを語ることは勇気も必要であり、それなりに考えられた時期もありました。ですが、本当にこの伝えたい思いを文字にして掲載することで意味があるのであればしたいと話してくださったことが、僕はとても嬉しく思い、そして誇らしく思えています。

イロハニトイロ 職業指導員 猪飼英也